2015年2月9日月曜日

命を選択するという言葉について思ったこと

最近よくニュースで出産前に染色体異常を見つける技術について疑問を問う内容のものが放送されているのをよく目にします。

この技術についてテレビが問いかけている問題は命を救う医療が命を選択する医療になっていいのか?という大変難しい問題です。

確かにこの問いかけは正しいとぼくは思います、ですが医療が命を選択する医療であったとしてもそれは正しいと思います。

実質的に染色体異常が発見され出産をするか選択するのはその妊娠した子の家族です。

この異常が見つかった子供を産んで育てていくと決めてもその子と生涯を付き合っていくのはその子の家族であり、私たちではありません。

そしてその家族の問題に我々がいくら命を選択するということが残酷だと思っても口出しする権利は微塵もないのです。

その染色体異常を不幸だと感じても幸せだと感じてもそれはきっとどちらも間違ってないのだと思います、その後の選択が不幸への入り口になるか幸福への入り口になるか、どちらに転がったとしても一度した選択を変えることはできないのですから。
この世に間違った選択があるとするならばその選択から逃げることが間違いなのだと思います。

不幸か?幸福か?なんて自分の考え方が変わればいくらだって世界は色を変えてくれるのですから。

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