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2016年1月30日土曜日

靴下もファッションの一部だと思うようになった理由

みなさんこんにちはこんばんはおはようございます、最近Reebokのインスタポンプフューリーが欲しくて仕方ない管理人のたついちでTatuitiです!!

今回のテーマは「靴下」ということで今回のブログも案外ぐちゃぐちゃですが読んでいただければと思います!!






















みなさん靴下ってこだわってたりしますか?・・・

ちなみに僕はまったくと言ってこだわってませんでした・・・(´・ω・`)

ですが今はというとこだわりとまではいきませんがすこしは気を遣うようになりました!
!
気を遣うようになった理由というのがあるスポーツ?エクストリーム・スポーツを始めたことに関係してるんですが・・・このブログの説明文に書いているんですが多分誰も気づいていないでしょう・・・


そのスポーツというのはスケボーですSK8ですよ!!


スケボーをするにあたってスケボーというスポーツというより文化について調べてるうちにクラシックなスケーターのファッションっていいなぁと思うようになりましてハイソックス短パンといういかにもな格好でスケボーをしてスケボーに行くようになり靴下に気を遣うようになったわけですよ・ω・


簡単にいうと短パンを履いてスケーター気取りをするために靴下に気を遣うようになったというのが本音ですね・・・はい・・

短パンでハイソックスを履くとやっぱり靴下もアイテムの一つにならざるを得ないんです!

ということもあり例えば今まではくるぶしソックスの黒ばかり履いていたんですが今では白のチャンピオンのハイソックスだったり柄物の靴下を履いたりしてます。


ここまでスケーターファッションの話だったんですが靴下をスケーターファッションだけでなくカジュアルな格好でもアイテムの一つとして使うようになったのは一人のファッションビロガーの動画に出会ったの大きく関係してまして、そのビロガーというのはアヤタさんというYou Tubeで活動しているビデオブロガーさんです。
そしてその動画がこの動画です↓


https://www.youtube.com/watch?https://www.youtube.com/watch?v=EeElHofkR1k&list=PL_c6YLkV1wa2jIM2JdUfXY6ysnS9tlCNG&index=31



まとめ


今回はまとめは書きません↑の動画がまとめみたいなものです・・人の動画で申し訳ないですが

ちなみにブログの冒頭にあるサムネは僕のインスタからです・・・案外靴下のフリー素材ってないものですね・・・

2015年2月27日金曜日

日本の広告はダサい

日本の広告はダサいとチームラボの猪子さんは言った

全てだとは言わないが日本の広告はダサいと思う 。
例えば冷蔵庫のCMでいえば直接的にこの冷蔵庫は広いと伝えてくるCMがほとんどで炊飯器であれば炊飯器が開いて中にキラキラの銀シャリがあり食欲を唆る煙がでて何々の炊飯ジャーと直接的に問いかけてくるものが多い気がする。

だが海外のCMを見ると起承転結があるCMが多い、例えばAppleのCMだと鉛筆が映る映像から始まり意味のわからないと思ったところで鉛筆の後ろにiPadがあり言葉を使わずに薄さを伝えている。

日本のWindowsタブレットのCMはパソコンにもなる!!タブレットにもなる!!と言葉も動きも使えるものを使いすぎてシンプルではなくゴチャゴチャしてしまっている。

メーカーが思っている以上に日本の消費者は間接的な動作や描写を見て何が伝えたいのかを理解してくれるはずだと考えてみたよって記事でした。

文章にしてわかったこと(∩´(エ)`∩)

日本のCMは直接的すぎる
メーカーが思っている日本人は理解してくれる
とにかく日本のCMはダサい

2015年2月9日月曜日

命を選択するという言葉について思ったこと

最近よくニュースで出産前に染色体異常を見つける技術について疑問を問う内容のものが放送されているのをよく目にします。

この技術についてテレビが問いかけている問題は命を救う医療が命を選択する医療になっていいのか?という大変難しい問題です。

確かにこの問いかけは正しいとぼくは思います、ですが医療が命を選択する医療であったとしてもそれは正しいと思います。

実質的に染色体異常が発見され出産をするか選択するのはその妊娠した子の家族です。

この異常が見つかった子供を産んで育てていくと決めてもその子と生涯を付き合っていくのはその子の家族であり、私たちではありません。

そしてその家族の問題に我々がいくら命を選択するということが残酷だと思っても口出しする権利は微塵もないのです。

その染色体異常を不幸だと感じても幸せだと感じてもそれはきっとどちらも間違ってないのだと思います、その後の選択が不幸への入り口になるか幸福への入り口になるか、どちらに転がったとしても一度した選択を変えることはできないのですから。
この世に間違った選択があるとするならばその選択から逃げることが間違いなのだと思います。

不幸か?幸福か?なんて自分の考え方が変わればいくらだって世界は色を変えてくれるのですから。